(1)改正労基法の内容
A使用者が,1カ月について60時間を超えて時間外労働をさせた場合においては,その超えた時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
B使用者が,労使協定により,Aの割増賃金を支払うべき労働者に対して,Aの割増賃金の支払いに代えて,通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(年次有給休暇を除く)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において,当該労働者が当該休暇を取得したときは,当該労働者のAの時間を超えた時間外労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の労働については,Aの割増賃金を支払うことを要しない。
C中小事業主の事業については,当分の間,上記Aは適用しない(改正労基法附則138条:附則に次の一条を加える。/138条中小事業主(その資本金の額又は出資の総額が3億円(小売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については5,000万円,卸売業を主たる事業とする事業主については1億円)以下である事業主及びその常時使用する労働者の数が300人(小売業を主たる事業とする事業主については50人,卸売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については100人)以下である事業主をいう。)の事業については,当分の間,第37条第1項ただし書の規定は,適用しない)。
(2) 特別条項締結の場合の時間外割増賃金の方式
現在の月45時間の時間外労働の限度を超える特別条項が締結される際に,60時間を超えた場合の特別割増率が50%と法定化されましたので,45時間以上60時間未満の超過の場合は,労使協議で25%+α(労使で合意した割増率)で割増率を決め,60時間を超した場合は一律50%以上の特別割増率を義務付けることになり,その割増率を労使協定に締結する必要があります。具体的には,①45時間までは25%,②45時間〜60時間では25%+α(労使で合意した割増率),③60時間以降は50%以上の特別割増率の適用という方式です。
(3)特別割増率適用義務発生の時間基準
引き上げられた50%の特別割増率適用の義務発生の時間基準については,改正労基法37条1項ただし書では,週40時間を超える時間外労働が60時間と明記されました。ただし,ここでの60時間が,時間外限度基準による時間外労働時間だけで休日労働時間を含まないか,あるいは,面接指導義務の要件である,100時間と同様に,時間外労働時間と休日労働時間の合計となるかは,注目しなければなりません。(「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」平18.3.17基発0331717008号)において,「事業者は,労働安全衛生法等に基づき,労働者の時間外・休日労働時間に応じた面接指導等を次のとおり実施するものとする。/①時間外・休日労働時間が1月当たり100時間を超える労働者」と拡大解釈されているからです。
(4)中小企業への当面の間の猶予措置
中小企業への配慮から,改正労基法附則138条により猶予措置が導入されました。この猶予期間の「当面の間」については,通常3年間を想定していますが,実際には,改正労基法附則3条1項での3年後の見直し規定が置かれ,場合によれば,さらに猶予期間が延長される可能性も示唆されています。
(5) 有給の代償休暇付与精算の意味と未解明な課題
A代償休暇制度の対象
改正労基法37条3項に基づく休暇付与は,「割増率の引上げ分」(以下,「特別割増加算分」ともいう)のみが対象となります。すなわち,従前の加算前の割増率(1.5−0.25〔特別割増加算〕=1.25)に時間外労働時間を乗じた時間外割増賃金は,この代償休暇制度を用いても支払う必要があるということになります。
B代償休暇制度利用への労使協定
そして,特別割増加算分の割増賃金の支払いを休暇付与により精算するか否かは,使用者の選択にかかっており,特別割増賃金の支給のみで済ませるか否かは労使自治に委ねられています。しかし,この休暇付与精算による精算方法を利用するためには,事業場の過半数代表者との労使協定(以下,「代償休暇協定」ともいう)が必要となります。実務的には,かかる時間外労働は特別条項の締結なくしては労基法上不可能ですから,この休暇付与による精算をその協定に付随して締結することになるでしょう。
C代償休暇付与の具体的方法
なお,具体的な休暇付与日数のイメージに関しては,月60時間が前述(2)の基準時間となったため,月60時間を超え16時間までは半日,月76時間を超え92時間までは1日,その後,16時間ごとに半日ずつ(特別割増加算分0.25×16時間=4時間で半日の意味)の有給休暇となるようです。したがって,この代償休暇は,例えば,割増賃金の算定基礎の時間単価を計算する際の休日にはカウントされず,労働日として算定されます。ただし,静養を与えることに主眼があり,かつ休暇といっても,ここでの代償休暇の付与に代えて,もともと当該労働者の保有していた年次有給休暇を消化させても,ここでの代償休暇の付与にはならないことは当然です。